YG -NRO-
4機のYGが空を切り、沈み行く太陽を背に紅い空を飛んでいる。彼らは国軍が所有する統一された漆黒の機体に身を包み、新たに発見された反乱分子の隠れ家を叩くため戦場へと向かっている最中だった。
敵に奇襲をかけるなら視界が悪くなる夕暮れ時が良い、と古くから言われている。逢魔が時-周囲が暗くなり人影の判別がつかなくなるその瞬間こそ、反乱分子を叩くには丁度良い。
4人の搭乗者達はオペレーターからの通達で機体の動きを止めた。エントリーコア内のモニタに映し出されたオペレーターの口から、彼らへと告げられる。
「間もなく反乱分子の拠点へと到達する……が、残念だが悪い知らせだ」
「……なんだ勘付かれでもしたか?向こうから来てくれるなら悪い知らせでもなんでもないがな」オペレーターの知らせに、1人が答える。「確かに手間が省けるね、楽に報酬が得られるならそれに越したことはないよ」もう1人も便乗し、「で、なんなんだ悪い知らせって」とまた別の男が問う。するとオペレーターは続きを口にした。
「……この中に、裏切り者がいる」
程無くして。4人は近くに着陸すると、先程のオペレーターが告げた「裏切り者がいる」という言葉の意味を冷静に考えていた。と言っても言葉の意味は皆まで言わずとも分かっている。これから反乱分子の拠点を叩こうとしている自分達の中に裏切り者がいるということは、誰かが反乱軍に今回の作戦の情報を横流ししており、このまま敵陣へ向かえば罠へ飛び込む愚かな鼠ということだ。引き返すか、或いは……。
先程、最初にオペレーターへと返答した男-羽田が真っ先に口を開いた。「引き返す……なんて言い出す奴はいないだろうな。俺は戦いたくてウズウズしてるんだ。裏切り者がいるなら誰が相手でも構わねえ。俺が始末してやる」
羽田 共(ハネダ キョウ)。自ら国軍に志願し戦いに身を投じた戦闘狂である。彼が戦う理由はたった1つ、己の存在意義を確かめる。ただそれだけだ。故に裏切り者が誰であろうと叩き潰す。彼には仲間意識など微塵も無かった。
まあ待ちなよ、と羽田を制したのは2番目に口を開いた男、愛瑠模 悠大(エルモ ユウダイ)だった。愛瑠模は報酬のために戦うリアリストであり、善悪や正義の為ではなく金の為に戦う男だ。金払いが良ければ国軍にも反乱軍にも着く。一見すると彼が裏切り者のようにも見受けられるが、裏を返せば報酬さえ支払えば愛瑠模は決して仕事に手を抜かない。彼が国軍の為に戦うか反乱軍のスパイか……それは報酬次第である。
「このまま立ち止まっていても埒が明かない……どうする?」次に口を開いたのは3番目に発言した男、外東 匠(ガイトウ タクミ)だ。彼は国軍と反乱軍が争いを続ける中、戦わなければ生き残れないことを悟り国軍に着くことを選んだ真面目な青年だった。外東は常に『人として正しい選択』を信じ、真っ直ぐに生きてきた。故に自分達の中に裏切り者がいる、というオペレーターからの通達に誰よりも動揺し、同時に絶望感すら抱いていた。仲間同士での殺し合いになるかもしれない。自分が誰かを殺めるかもしれないし、その逆も然りだ。生き残るために戦う道を選んだ外東だったが、それは同時に死と隣り合わせの戦いに身を投じることを意味していた。「山ちゃん……君はどう思う?」
外東に指名された男、山遊 生真(ヤマソビ ショウマ) は思わず身を震わせた。山ちゃんこと山遊は家族を守るため戦う道を選び、平和を望む心優しい男だ。故に自分達の中に裏切り者がいるなど考えてもおらず、その事実に直面した今も頬に冷や汗を浮かべ、現実を受け入れられないでいた。自分はただ家族の幸せを願っていただけだ。反乱軍との戦いを終わらせ、余生を家族と過ごしたい。頼むから裏切り行為なんて辞めて、穏便に済ませてくれと願っていた。しかし、と山遊は数分の沈黙の後、決意を固めるように口を開くのだった。
「俺はただ平和を望むだけ……争いなんて望んでない。裏切り者がいるなら……」全員の視線が山遊へと向けられ、羽田は不敵な笑みを、愛瑠模は含み笑いを、外東は真剣な眼差しを浮かべる。対する山遊は、震える体を鼓舞するように拳を握り締めて力強く続きを口にした。
「裏切り者がいるなら、俺は戦う」
果たして誰が国軍を裏切り、誰が生き残るのか。4人は向かい合ったまま、互いの心中を探るように無言で対峙する。戦う為に戦う男、金の為に戦う男、生き残る為に戦う男、家族の為に戦う男。
彼らを見届けるオペレーターは、1人呟いた。
「……生き残るのは、誰だ」
YG -DRAMA- 七日目
最終日の今日、白昼堂々現れた異星人達の前に、僕達は立っていた。即ちそれは、昨日の戦いに敗北した六日目の延長戦……僕達は二度目の侵略を許してしまったことを意味していた。
「桃井……お前に話しておきたいことがある」
戦いが始まる前、緑川君が僕に話したこと。それを僕は、戦いが終わろうとする今思い返していた。
緑川君は両親が離婚し、母親と2人暮らしだったそうだ。母は足が悪く、車椅子生活を送っており、緑川君は学校に通いながら介護に従事する二足のわらじを履いていた。そんな生活を送る中でYGと出会い、異星人の侵略から地球を守る戦いに参加させられた。
三日目の戦いで僕達は敗北し、異星人の侵略を許してしまった。僕達の街は被害を受け、多くの死者を出してしまった。突然の戦火が上がる中、足を悪くしている緑川君のお母さんが逃げ延びるのは不可能だった。そして唯一母親を連れて逃げられる緑川君本人はYGに乗って戦っており、つまるところ緑川君は、YGに乗れば母を助けられず、戦いから逃げ出せば地球が侵略されるという絶望的な二択を迫られる形となった。彼の話を聞く中で、僕は緑川君が日に日に疲弊し憔悴しきったような表情に変化していたのを思い出していた。命懸けの戦いに身を投じ、仲間達が次々と減っていく絶望感だけでなく、そんな事情が隠されていたのだと最終日となった今日、初めて知らされた。もっと早く話してくれれば、と思う反面、聞いたところで最早僕にはどうにも出来ないことなんだとも考える。母を失い、仲間も失っていく中で、それでも緑川君は今日まで戦い抜き、僕や紫花さんの命も救ってくれた。どれほどの苦痛を耐え抜き、どんな想いで戦っていたのだろう。胸の内に秘めていた想いを吐露するように、緑川君は最終日となった今日、想いの丈を僕へと綴るのだった。
「俺はお前を、友だと思っている。たった一週間の付き合いでも、それほど多くを語り合った仲でもないわけで可笑しいと笑う奴もいるかもしれない。でも俺は、この一週間共に命懸けで戦い抜いてきたお前を、生涯の友だと呼べる」
「そんなに謙遜しなくても……僕だってこの異星人絡みで出会ったみんなのことは大切に思ってるし、緑川君も……」僕の脳裏に彼女の笑顔が過ぎる。もう此処に居ない、儚げなあの表情が。
思い詰める僕の表情を察してか、緑川君は敵へと向き合いながら言葉を続ける。
「だからこそ。友であるお前に、最終戦のすべてを託す」
それってどういう。否、聞き返さなくても緑川君の考えていることは分かっている。今僕達の立つ戦いの場は六日目の延長戦。即ちこれを生き延びた果てに、最終戦が待っている。
僕と緑川君は、その後多くは語らなかった。友達なら、言葉にしなくたって考えていることくらい分かるだろう?緑川君がやろうとしていること……僕が昨日やろうとして出来なかったことで、紫花さんが昨日やったことだ。僕はそれを止められないでいた。昨日は止めようとしたけれど、今日は違った。彼がどんな想いで戦い続けてきたか知り、僕に何を託すと言ったか思い起こせば、止められるわけがなかった。友の想いを踏み躙られない。同じことをやろうとしていた僕に、止める権利はない。
「桃井……いや、日向。俺はお前がどんな選択をしても責めない。俺にそうさせてくれたように、日向も後悔のない選択を」
「秀……分かったよ」互いに名で呼び合うことに少しこそばゆい気持ちになりながら、僕達は照れ隠しのように笑みを浮かべた。嗚呼、これが友情なんだと再確認する。
「それじゃ……」別れの言葉は短くていい。僕達は言葉ではなく、行動で示してきた。今日まで戦い、生き延びてきた2人だ。これでさよならだなんて……言葉を紡げば名残惜しくなる。秀を、綺麗に、逝かせられない。
こうして六日目の戦いならびに延長戦は、紫花さんと秀……2名の命を犠牲に決着を迎えた。
この地球は、そして僕の命は、尊い友の死の上で守られた。秀は僕を生かすために自ら犠牲となり、迫り来る異星人達の群を単騎で制し、やがて自らも朽ちていったんだ。残された僕に、何が出来るだろうか。
夜を迎え、いよいよ最終戦が訪れる。最早見慣れた例の部屋に、円を描くように並べられた7つの椅子。そこに座るのは唯一、僕だけだった。一つ一つ順番に、椅子へと目を配らせる。橙山君、上赤坂君、黄崎さん、青葉君……みんなと別れたのが随分遠い記憶のように感じられるが、すべてほんの数日前の出来事なんだ。そして日中、六日目の延長戦で命を落とした秀……緑川君。僕を友と呼んでくれた、最終日まで生き残った命の恩人。彼ももう、居ない。
最後に……僕は右隣に位置する最後の椅子へ目を向ける。紫花さん。六日目の戦いで僕を庇って命を投げ出した彼女。本来なら生き残るのは彼女だった。絶対守ると決めたのに、守れなかった。戦いの後、強制的に現在時間に戻された僕は悔やんでも悔やみ切れないやるせなさを胸に、行き場の無い想いを燻らせた。けれど紫花さんはきっと違ったのだろう。あの日僕が命にかえても友を守ろうとしたように、延長戦で秀がそうしたように、紫花さんも同じように、自ら犠牲になることで友を守る決断をした。自分で言うのも恥ずかしいけれど、唯一心を許せる関係になった、僕を守るために。
間もなく最終戦が始まる。ピッ、ピッと気持ちを急かすようにカウントダウンが始まり、しかし僕は冷静さを保っていた。この期に及んでたった一人の最終戦に現実感がなかったわけじゃない。戦いが始まるのは分かっていたけれど、僕の頭の中を占めるのは失った友の顔と、あの時紫花さんが僕へと告げた言葉だけだった。
満身創痍の僕へと迫る異星人。間に割って入る形で僕を庇った紫花さんは、振り返ると笑みを見せた。いつもの憂いを帯びた儚げな表情ではなく、満たされた笑顔で僕へと言った。
「日向君には、生きていてほしいから」
「……好きだよ」
ゴーン、と鐘の音が響き、その音は脳裏を過ぎる彼女の笑顔をかき消して僕を現実へと呼び戻す。たった一人の戦い……最終戦が始まる。
地上へと降り立った僕は戸惑っていた。僕に生きていてほしいと願った紫花さんと、最終戦を託した秀。僕が戦わなければ地球は異星人に侵略される。けれど、と僕は迷う。これまで死んでいった友の背中を思い出し、自分にその覚悟があるのかと問う。守りたかったものはすべて失われ、例え僕が勝ってもそれらはもう戻ってこない。両親はもちろん、秀や紫花さんもいない世界で、僕はこの先も変わらず生きていけるのか。トリガーを握る手が手汗で滑り、勝っても負けても取り戻せない現実を享受するには僕はまだ子供過ぎた。大切なものを失ってでも、例えこの身が朽ち果てても命にかえて地球を守るという決断を強いられるには、幼過ぎたんだ。
「あれ……?」
月の光すら雲に覆われて視界が狭まった最終戦で、それでも僕は違和感を覚えていた。周囲に敵の気配が全くない。五日目の戦いで母艦を破壊し、六日目の延長戦で地上に残る残党達と戦った。もしかしたらもうこの地球に、異星人の影は残っていないのかもしれない。僕は……生き残ることができるのかもしれない。
その考えはすぐに否定された。目の前に敵はいなかったが、蠢く空が空でないことに、月の光を遮断する影が雲でないことに気付くのにそう長い時間を要さなかったからだ。
「なんだよこれ……」見上げた僕はあまりの巨大さに途方に暮れた。空を覆い尽くす巨体。地球ごと飲み込んでしまいそうな、地平線の果てまで続くその巨大さに僕は、ただ呆気にとられることしか出来なかった。これまで戦ってきた敵はどれもYGと同じ大きさで、数こそ多かったものの1匹ずつの強さはそれほどでもなかったから戦ってこられた。けれどこの大きさは……微生物と人間が1体1で戦うようなものだ。もし7人全員で挑んだって、勝てるわけがない。物量ではどうにもならない体格差に、僕はすっかり闘争心を失っていた。元より迷いながら挑んだ最終戦だ。こんなのどうやったって……その時ふと、仲間達の顔が脳裏を過ぎる。
『友であるお前に、最終戦のすべてを託す』
『日向君には、生きていてほしいから』
「……分かったよ」僕は1人呟き、トリガーを握る手に力を篭める。僕が負けたって、秀は恨んだりしない。僕が死んだって、紫花さんは悲しんだりしない。2人とも自分の願いを僕に託して死んでいったんだ。だったら僕も、僕のために戦う。僕の我儘を、少しくらいの無茶を、友達なら許してくれるよな。
この七日間の戦いの中、僕はもう1つ推察していたことがある。それはYGに隠された秘密兵器の数だ。戦いの中で見つけていったものや橙山君、紫花さんが読んでいた小説に登場する知識を参考に、ホーミングミサイル、ブレード、マシンガン、レーザー、スラスター、シールド……計6つの隠し兵器を発見した。そして戦いに参加した僕達の数は7人。1人につき1つずつ武器が割り当てられているとしたら、最後の1つがあるはずだと根拠こそないが確信していた。僕に与えられた秘密兵器……それは……。
「青葉君」
「上赤坂君」
「橙山君」
「黄崎さん」
「紫花さん」
「秀……緑川君」
行こう。僕は今。
「限界を越える(リミットオーバー)」
機体から白煙が吹き上がり、身体中に力が漲るのを感じる。この戦いが終わったら、僕はどうなるんだろうか。生きては帰れないんだろうな。死んだらどうなるのかな。地球は……守られるのかな。
赤く発光する機体と共に、僕は暗闇に包まれた空へと飛び立った。恐れはしない。一度は死んだ身だ。友に生かされ、託された命。僕はそれを使って、最後の戦いへと向かう。後悔しない道へ、仲間達の待つ世界へ。
やがて大きな爆発が大空で巻き上がり、1つの光が消えていった。
『……続いては、相次いでいる謎の巨大怪獣に関する続報です。今日までに二度東京に姿を現した怪獣ですが、街中に爪痕を残し、多くの犠牲者を出した怪獣の詳しいことは未だ判明しておらず、政府の見解では……』
7月19日の朝。テレビでは連日、謎の巨大怪獣及びそれらに立ち向かう巨大ロボットによる戦いに関するニュースが報道されていた。茹だるように暑い日差しに目を細め、アイスを食べながらニュースをぼんやりと眺めていた少女は口を開いた。「累、また怪獣だとさ」彼女の声に、今度は別室から少年の声が答える。「そんな非現実的な出来事に関心を寄せるよりもっと大事なことがあるだろう。明日から夏休み……休んでる暇なんてないぞ」「夏休みなのに休んでる暇ないのかよ……」
少年と少女は画面の向こうで報道される出来事など自分達には縁のない話だと言わんばかりに、何一つ変わらない生活を続けている。名も無き誰かが守った世界。7人の少年少女が命を賭して守った世界は、今日も変わらず回り続ける。
YG -DRAMA- 六日目
いつも通りに目を覚ました僕は、自分がまだ生きていることに違和感を覚えると同時に五日目の戦いの結末を察した。昨日、僕と紫花さんは敵の軍勢に囲まれ、命を落とした。なのにいつもと変わらない朝を迎えているということは。
「……緑川君が、勝ったんだ」
昨日2人に告げた僕の推察が正しいと仮定すれば、緑川君が五日目の戦いに勝利したことで僕と紫花さんの死は無かったことになっている。目を覚ましたということはそういうことなんだろう。身体を起こした僕は、僕以外誰もいない家の中を目的もなく散策していた。両親と共に暮らしていた家だが、僕以外誰もいない。誰も……。僕達が守れなかった三日目の戦いに巻き込まれ命を落とした両親に、想いを馳せる暇もなく繰り広げられる異星人との戦い。あと2日でこの戦いも終わる。本来なら昨日死んでいたはずの僕は、あと2日間生き残れるのだろうか。
ふと携帯電話に着信履歴が残っていることに気付き、僕は慌てて玄関へと向かった。扉の向こうには紫花さんが立っていて、僕はぺこぺこと頭を下げながら口を開いた。
「ごめんね、インターホン壊れてて気付かなかった」
「ううん、こちらこそお家まで訪ねてしまってごめんなさい」7月16日の夏真っ盛り、まだ陽が登りきる前とはいえ外は相当暑かっただろう。紫花さんは額に汗をかきながら笑顔で答えた。「どうぞ上がって」僕は言うと、紫花さんを自宅へ招き入れた。異星人が侵略にやってきている地球で、両親を巻き込まれ、僕自身もそんな異星人との戦いに命を賭して戦っているというのに僕は、自宅に女の子を招き入れるというこれまた不測の事態に緊張感を覚えていた。
どうせ誰もいないのだから居間でも良かったのだけれど、自然と足が自室へと赴いており、僕の部屋に2人きり。どうにも落ち着かず、部屋の真ん中あたりに座る紫花さんとベッドの縁に腰掛ける僕は、互いに沈黙を守ったまましばしの時が流れた。本当なら昨日死んでいたはずの2人。YGが無ければ出会わなかった2人。あと2日間、命懸けの戦いを続けなければならない2人。僕はなんとなくだけれど、紫花さんが僕の家を訪ねてきた理由を察していた。
「……僕達、生き返ったってことでいいのかな」まさか人生でこんな言葉を発する日がくるだなんて予想もしていなかった。厳密には僕達は生き返ったわけではなく、『昨夜死んだ』という事実がなかったことになっているはずなんだ。でも、起こり得た未来がなかったことになったのは対外的な話であって、ここに居る僕と紫花さんは間違いなく一度、死を経験している。結果として残っていなくとも、僕達はそれを覚えている。
「緑川君が……勝ったってことだよね」紫花さんが答え、それから僕は話を広げることが出来ず再び沈黙してしまう。そうか、昨日の出来事がなかったことになっているというのなら、昨日紫花さんが言ってくれたあの言葉も、なかったことになっているのかな。
『日向君に会えたから』
吊り橋効果というやつかもしれない。同じ境遇に身を置いて、命の危険に晒されて、そう思い込んでいるだけかもしれない。だけど、それでも僕は、この運命を共にする紫花さんに、恋をした。今夜また死ぬかもしれないし、今度は生き返れないかもしれないけれど、だからこそだろうか。僕は紫花さんを、失いたくないと思った。だからこうして紫花さんの方から僕のもとへ訪ねてきてくれたのが、堪らなく嬉しかったんだ。
「私……」紫花さんが口を開いた。「うん?」考え事をしていた僕は少し返事が遅れて、それから言葉の続きを待つ。昨日の言葉は、死を覚悟した紫花さんが最期の餞として遺そうとした言葉だったんだろうか。もしそうなら、こうして生き返った彼女は今、僕のことをどう思っているだろうか。昨日の言葉が嘘じゃないなら、あの言葉の真意を、続きを聞かせてほしかった。だけど紫花さんが続けた言葉は、僕が望んでいたものではなかった。
「あと2日間、生き残れる自信ないな……」
「あ、うん……それは僕も同じ……かな」
あの敵の軍勢に対し、残ったのは僕達3人だけ。昨日の戦いの結末は今の僕達には分からないけれど、少なくとも一度死を経験した僕と紫花さんには、たった3人だけで異星人達に立ち向かえる自信はなかった。それもそうだけど、聞きたかった言葉はそうではなく……。
「紫花さん、」意を決した僕は口を開いた。素直に、自分の気持ちを伝えよう。どうせ今日か明日には無くなる命だ。両親のことを思えば、生きている僕はせめて後悔のない余生を過ごしたい。彼女に想いを伝えて、その答えがどうであれ、きっと後悔はしないはずだ。「僕……」続きを口にしようとした時、紫花さんがいきなり立ち上がってベッドの縁に腰掛ける僕へと歩み寄る。顔を近付けて、僕の肩に腕を回し、呆気にとられている僕を余所目に「ごめんね」と呟いた紫花さん。僕は彼女に押し倒される形でベッドに倒れ込み、少しの間呆然としていたけれど、僕に抱き着いたまま離れない紫花さんの真意を汲み取り、僕もそっと彼女を受け止める。
「どうせ死ぬなら……とかそんな投げやりなことじゃなくて」そのままの姿勢で紫花さんは言葉を続ける。
「でも……もうすぐ自分が死ぬって分かってるから、最期にどうしても伝えておきたくて」
「少しだけ私の我儘に、付き合ってもらっていいですか」
きっと彼女の言う我儘とは、最期にこうやって誰かの人肌の温もりに触れておきたかったということなんだろう。僕達は互いのことを全然知らないままだったけれど、もしかしたら紫花さんも僕と同じように、異星人の侵略によって身内を亡くしたのかもしれない。そうじゃないとしても、自分の死を受け入れた時に最期に傍にいてほしい相手に僕が選ばれたというのは、光栄なことだ。
結果的に僕達は、僕が言葉を紡ぐまでもなく、僕の望んだ結末となった。「大丈夫」僕は押し倒されたまま天井見つめ、紫花さんを強く抱き締めてみる。
「……僕が守るよ」
僕と紫花さんはそのまま2人きりで夜まで僕の自室で過ごし、そしてまた、あの時間がやってきた。六日目。一瞬意識が途切れたかと思ったら、目覚めた先に広がる景色は最早見慣れた例の部屋だ。
「あれ……」と呟いたのは紫花さんだった。自室で一緒に過ごしていた時は、彼女が目の前にいることが非現実的で、この部屋で再会する方がむしろ見慣れた姿ではあった。どこか儚げで、可憐で、遠くへ消えてしまいそうな生命感の乏しい女の子。だけど僕は、僕だけはその温もりを覚えている。例え今日みんな死んでしまっても、僕だけは。
紫花さんが不思議がっていたのは、そこにいるはずの人物が姿を見せなかったからだ。即ち緑川君が居ないということ。僕も円を描くように並べられた椅子を見渡して、室内にまたしても僕達2人しかいないことを確認する。そんなまさか、緑川君が脱落しているはずがない。何故なら僕と紫花さんが今生きているのは、緑川君の尽力のおかげだからだ。それともまだ何か僕達の知らないルールが……?
その時、背後から掛けられた声に、僕は驚くと同時に安堵した。「良かった、無事だったんだな2人とも」声の主は緑川君だった。どうやら僕達よりほんの少し早く意識を取り戻して、外へと繋がる玄関扉を調査していたらしい。「緑川君……居なかったからびっくりしたよ」僕が答えると、緑川君は自分の椅子に着席しながら無愛想に頷く。これまでの戦いの中でも緑川君はあまり口数が多い方ではなかったので、これが彼の平常運転なのだろう。
「昨日の戦い……」緑川君が口を開く。
「俺が辿り着いた頃にはもう……2人とも……」語尾を濁して、瞼を伏せる。昨日、僕と紫花さんは命を落としたけれど、残された緑川君が見た光景というのも、きっと筆舌に尽くし難いものだったのだろう。そりゃそうだ。たった3人で挑まなければならない戦いで、2人同時に脱落したのだから。仲間の亡骸を見ることになって、たった1人残された彼もきっと、心細くて絶望感に苛まれたことだろう。それでも緑川君は諦めずに戦い抜いた。そのおかげで今の僕達がある。僕は深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べる。「ありがとう、緑川君。おかげでこうして帰ってこれた。あと二日も、3人で力を合わせて戦おう」
口ではそう言ったものの、きっとここに居る誰しもが最悪の結末を思い浮かべていたのだろう。昨日の時点で圧倒的に不利だったのに、果たして全員生き残ることができるんだろうか。でも……僕は考える。日中、僕は約束した。『僕が守るよ』あの言葉は嘘じゃない。元々漠然とした死への恐怖心はあったし、それは六日目を迎えた今も変わらない。だけど変わったことが一つだけある。僕は視界の隅に映る紫花さんへと、胸の内で呟く。僕が守る。紫花さんだけじゃない、命懸けで僕達を救ってくれた緑川君もだ。命に代えても守りたい人達がいる。ゴーン、と鐘の音が響く。六日目の戦いが幕を開けた。
「昨日、敵の母艦らしきものは破壊できた。恐らく今日と明日で敵を倒し切れば、防衛成功なんだろう」尚も立ちはだかる敵の大群を見つめながら緑川君が呟いた。五日目の戦いで僕達は、僕と紫花さんが敵の注意を惹き付けている間に緑川君が母艦を直接叩きに行くという戦法を使った。その結果僕と紫花さんは一度死ぬことになったけど、緑川君が母艦を破壊した後に残党も全滅させてくれたおかげで五日目の戦いに勝利することができた。つまりは今日と明日、湧き出る敵を倒せば地球から異星人がいなくなって防衛成功となるのだろう。
けれど、残党狩りとはいえ眼前にはまだ多くの異星人達が犇めいていた。やっぱり3人だけで太刀打ちできる数とは思えない。
それでも僕達は諦めてはいなかった。昨日よりもむしろ、生への渇望に溢れている。自分ではなく、仲間を守るための。「行こう」僕は自分自身の決意表明の如く呟いて、トリガーを強く握る。YGが動き出して、敵の大群へと突入していく。まだ心の奥底では無謀かもしれないという迷いが残っている。それでも僕達は、前に進むしかなかった。
僕と緑川君が先陣を切って敵軍へ突撃し、ブレードやマシンガンを使って目の前の敵を倒していく。その少し後ろから紫花さんがレーザーとホーミングミサイルで援護射撃し、敵の数を減らしていく。戦いはお世辞にも優勢とは言えなかった。1匹ずつ減らしていくが、敵を倒すと同時に僕達にも戦闘ダメージが蓄積していく。1匹倒す隙に背後から迫る敵に切り付けられ、装甲が砕かれていく。徐々に追い詰められていく中、時間だけは変わらず過ぎていった。
僕達の無謀な防衛戦は時間の経過と共に劣勢に立たされていき、立っているのがやっとという状態でなんとか機体を動かしながら、気付けばあっという間に戦闘終了まで残り5分という危機的状況に追い込まれていた。しかし、と僕は考える。確かに劣勢ではあるし、あと5分で敵を全滅させる算段こそないものの、幸運にも3人ともまだ生存している。1匹でも多くの敵を倒して延長戦に持ち込めれば、一度体勢を立て直すことができる。負け戦ではあるけれど、仕切り直しが出来るならそれも上等だ。僕の脳裏にそんな作戦が浮かんでいた頃、対する緑川君は覚悟を決めたように生唾を飲み、そして僕達へと告げた。
「昨日お前達は命を賭して俺にすべてを託してくれた。今度は俺が、2人に託す番だ」
「緑川君、何言って……」僕の返答を待たず緑川君が続ける。「多分考えていることは同じだ。1匹でも多く敵を倒して延長戦に持ち込めば、機体を修復して再戦に臨める。このまま何もせず時間が過ぎ去るのを待つより、刺し違えてでも敵を減らせる方がいい」
馬鹿だ。あと5分耐えれば全員生き残れるのに緑川君は、特攻を仕掛けて命と引き換えに敵を倒そうとしている。生き急ぐ必要なんて……緑川君を諭そうとした時、僕は自分を同じことを考えていたことに気付く。戦闘が始まる前僕は、自分の命を投げ捨ててでも2人を守ろうと決意を固めていた。緑川君がやろうとしていることと、同じじゃないか。
「2人とも下がってくれ。このままじゃ巻き込んでしまう」緑川君が言い、しかし僕と紫花さんは動けないでいた。このまま見殺しにしろって言うのか?そんなの出来るわけないだろ。そうだ、僕が緑川君を止めればいい。あと5分……いや、残りあと3分だけ。緑川君だけ居なくなるなんて認めない。僕はもう誰1人、失いたくないんだ。
僕達が迷い、緑川君も命を投げ捨てることにまだ恐怖を覚えているのか、少しの間全員が静止してしまった。そんな躊躇を、異星人達が待ってくれるわけもなかった。
「危ないッ!」緑川君の背後に迫る、敵の影。僕は今度は躊躇うことなく駆け出して、間に割って入る。「桃井……!」一瞬遅れて振り返った緑川君が、切り伏せられる僕を見て叫ぶ。敵の鋭い爪が機体を切り裂いて、僕は悲痛な叫び声を上げながらその場に崩れ落ちた。辛うじて意識こそ保っていたものの、機体とユニゾンする僕の生身が猛獣が如く鋭い爪に切り裂かれる痛みは耐え難く、立ち上がる気力さえ湧き出てこない。あと2分、いやあと1分だけ痛みに耐えれば。敵の攻撃を凌ぎきれば生き延びられる。昨晩も絶命が脳裏を過ぎる。あの時は無我夢中だったから痛みすら忘れていた。だけど今は、たった1秒すら永遠に感じられた。
痛みに耐えるのに必死で周りの状況を冷静に見ていられる余裕なんてとてもじゃないけどなかった。もし少しでも理性を保てていたら、すぐに気付けただろう。僕を切り伏せた異星人が、目の前でもがく獲物をみすみす見逃すはずなんてないことに。
緑川君が代わりに応戦してくれたけれど、すぐに別の異星人が近付き、僕にとどめを刺そうと飛びかかる。あと30秒……逃げなきゃ。生き残らなきゃ。僕が死んだら、誰がみんなを守るんだ…!
僕は蹲りながら顔を上げ、迫る敵を見つめる。立ち上がろうともがくけど、身体が思うように動かない。そんな僕と異星人の間に別の影が落ち、先程僕が緑川君を庇ったように、何者かが間に割って入った。僕でも緑川君でもなく、その影の正体は紫花さんだった。
「日向君」
僕にとどめを刺そうと牙を剥く異星人に立ち向かいながら、紫花さんの声が聞こえた。
「…………」
彼女の言葉と同時に、六日目の戦いは幕を下ろした。
YG -DRAMA- 五日目
生き残った僕と緑川君、紫花さんの3人は、これから始まる五日目の戦いを前にして例の部屋で意見交換を行っていた。三日目の延長戦で橙山君と黄崎さんを失った僕達だけれど、橙山君から教えてもらった新たな兵器、全方位射出が可能なレーザーを駆使することで続く四日目の戦いは危なげなく勝ち残ることができた。そうしてあっという間に五日目が訪れ、こうして僕達3人は顔を合わせているというわけだ。
そして僕は、これまでの戦いの中で起こった出来事から1つの仮説に行き着いていた。
「僕達は、1時間先の未来で戦ってるんじゃないか」
僕の言葉に、紫花さんはきょとんとした顔をしている。緑川君も考え込むように俯いて、僕が仮説の根拠を話すのを待っているようだ。
「青葉君が一度復活できたのに、その後4人とも帰ってこなくなった理由……これは多分みんな気が付いていると思うけど、1つは戦いに勝てば次の戦いで復活できるということ。青葉君と上赤坂君が帰ってこられなくなったのは、三日目の戦いで僕達が負けたからだ」
「橙山君と黄崎さんは、三日目の延長戦で死んだ。延長戦はリアルタイムで起こっている戦いだから、そこで死んだら一発アウト。さらに言うと、二日目までの戦いでは街の被害が綺麗さっぱり無かったことのようになっていたけれど、戦いに負けた三日目とその延長戦では街が壊れていたし、死んだ人も戻ってきてない。ニュースで異星人が報道されたのも三日目の後からだったから、僕達が勝利した最初の二日間の侵略は、現実世界では起こっていない出来事になってるんじゃないかって思ったんだ。僕達は23時から日付が変わるまでの1時間戦いに招集されてたけど、それは実際には23時から0時までの出来事じゃない。僕達は『侵略者が現れるかもしれない1時間先の未来』で戦っていて、勝利すれば侵略は無かったことになり、負ければ異星人が現実に現れる……そう考えられるんじゃないだろうか」
「些細なことかもしれないけど覚えてることがもう1つ。初めて僕達が戦った初戦の後、皆で街の様子を見に行ったの覚えてる?」緑川君も紫花さんも、小さく頷く。一日目の戦いなんてもう遠い過去の出来事のようだけど、まだたったの四日前の出来事なんだ。
「あの時橙山君が、明日発売の限定フィギュアがもう売ってるって大騒ぎしてたんだ。あの時は気にも留めなかったけど、今思えばあれも、僕達が一日先の未来にいた証拠なんじゃないかって思うんだよ」
「あったね、そんなことも……」紫花さんが相槌を打ってくれて、僕達はもう此処にいない橙山君の姿を思い出す。橙山君だけじゃない。青葉君も上赤坂君も黄崎さんも、一緒に戦った仲間の半分以上がもう此処にはいない。残されたのは僕達3人。戦いはまだ、今日を含めあと三日残っている。
「話を戻すけど、僕の仮説が正しければ今日の戦いに1時間以内に勝利すれば街の被害を食い止められるし、もし誰か死んでも生き返れるはずだ。逆に敵を殲滅出来なければ多分また延長戦が明日の昼頃に始まるだろうし、もし僕達が全滅したら……」
「戦う者が居なければ地球は侵略されるってわけだな。なんとなく話が見えてきた。復活出来る条件と元に戻らない理由……確かに辻褄が合う」緑川君が答え、そして言葉を続けた。「仮に桃井の仮説が間違いだとしても、結局俺達のやることは変わらない。何処に居たって此処へ招集されるわけだから逃げることも出来ない。俺達は命懸けで戦うか、異星人に侵略されるか……そのどちらかしかないというわけか」
「そう、僕が考えを話したのはそれが理由。正しくても間違っていてもやることは一緒なんだ。2人がどうかは分からないけど、何もしなければ死ぬだけなら、僕は最後まで抗いたい。正直地球がどうとか侵略者がどうとかはどうでもよくて、僕はまだ死にたくないだけなんだ」
「死にたくないのは……きっとみんな同じ。生き残れるかも分からないけど……それに、私はあんまり自信ない、かな……」そう弱音を零した紫花さんは、唇を震わせている。死を憂うような表情が何処か儚げで、そして有名な画家が描いた絵画のようで、美しく見えた。
「俺も2人と同意見だ。生き残るには策を講じる必要がある。敵の数は増えていっているし、無策で挑むにはそろそろ限界がある」
今緑川君が告げた通り、異星人の数は日を追う毎に増えていた。対する僕達は、7人から3人に減っている。このまま戦いが始まったら、僕達3人だけでは勝利を収めることは難しいだろう。
「そこで提案なんだけど」僕は口を開く。生き残ることに必死だったけど、僕だって何も考えず闇雲に戦っていたわけじゃない。これまでの戦いの中でYGの秘密兵器を解析していくのと同時に、敵の変化や動きも目で追っていた。そこで僕は、あることに気がついていた。
いつもの合図と共に、僕達を乗せた3機が地上へと姿を現した。分かってはいたけれど、やはり敵の数は多い。僕は戦いが始まる前に告げた通り緑川君に目配せし、緑川君も頷く。「それじゃ2人とも……頼んだぞ。必ず助けに戻る」
そう告げた緑川君がスラスターを起動して闇夜に舞い上がり、その背中を紫花さんは不安気な瞳で見つめていた。
「緑川君が心配?」僕が尋ねると、紫花さんは視線を逸らさないまま答えた。「それもあるけど……緑川君なら大丈夫って信じる。それよりも、私達が……」紫花さんの震える声を耳にしながら、僕は周囲をぐるりと見渡した。とてもじゃないけれど、たった2機で立ち向かうには途方もないほど見渡す限り敵、敵、敵。だけど心配はしてなかった。僕が死んでも、緑川君ならきっと……そう信じていたからだ。
やがて姿が見えなくなった緑川君と、この場に残った紫花さんと僕。たった3人で挑む五日目の戦いが、始まる。
僕が提案した作戦とは、非常に単純明快なものだ。これまでの戦いの中で、敵は何処から増えているんだろうと考えていた。そして昨日、恐らくその答えらしきものを見つけることが出来た。即ち敵の母艦を見つけ出し、それを壊せば増援は現れなくなる。敵の数さえ減らせれば、1体ずつの戦力は実はそれほど大したものでない。問題なのは数が多すぎるということだけだ。
僕と紫花さんは、緑川君が安全に母艦を探し出せるように敵の注意を惹き付けるのが仕事だった。これまで解析してきた武器の数々を駆使して、僕と紫花さんは立ち向かった。1体1体倒していては拉致が開かないので、レーザーやミサイル等一度に大量の敵を撃墜できる兵器でまとめて処理していく。それでも敵の数は瞬く間に増え、即ちまだ緑川君が母艦を見つけられていないことを意味していた。
戦闘開始から気付けば残り時間15分まで迫っており、疲労も相まって僕も紫花さんも相当限界を感じていた。周囲を敵が囲み、疲弊した僕達に止めを刺そうと滲み寄る。何かを察したのか、紫花さんは武器こそ手放さなかったものの、辞世の句を述べるようにぽつりぽつりと言葉を零し始めた。
「まさかこんな過酷な戦いに巻き込まれるなんて思わなかったし、戦うのも死ぬのもすごく嫌だけど……一つだけいいこともあったかなって」
「?」僕が疑問符を浮かべていると、何故か紫花さんが小さく微笑んだ。
「日向君に会えたから」
言葉の真意が分からず、そして迫る死期の中で僕の頭はますます混乱していた。何故今そんなことを言うのだろう。五日目の戦いはまだ終わっていないし、僕達の負けが決まったわけじゃない。あと10分以内に母艦を撃墜して、目の前の侵略者達を根こそぎ薙ぎ払えば……言葉にすればそれが土台無理な話だと、嫌でも分かる。否、本当は僕も分かっていたのかもしれない。この作戦を提案した時から既に、自分が囮役を買って出たことも、紫花さんがそれに同調したことも。
敵が迫り、飛びかかってくる。こうなることは、きっと分かっていた。紫花さんも、同じ考えだったのだろう。だからあんな言葉を口にした。僕に会えてよかっただなんて、まるでもう明日は会えないみたいに……
僕達は、今日死ぬんだって。
嗚呼、最期に可愛い女の子に嬉しい言葉を言ってもらえて、僕は幸せなのかもしれない。なんて言葉を返そうかな。もし生き残れたら、地球を守れたら、明日もその先もずっと一緒に居られるのかな。彼女なんて出来たことないけど、デートの約束なんかしてみたりして。寝る前に電話したり、道にいた猫の写真を送って「可愛いね」って愛であったりして、少しずつ距離を縮めていって……嗚呼、死にたくないなあ。
2機のYGが瓦礫のように崩れ落ちて、やがて僕の意識は、眠りにつくように途絶えた。
YG -DRAMA- 四日目
テレビから流れるニュースは、しきりに昨晩の出来事を報道していた。無理もない、今まで取り上げられなかったのが異常だったんだ。目覚めた僕はニュースキャスターが告げる事件を聞き流しながら、窓の外へと目を向けていた。幸いにも僕の住む街には直接的な被害は出ていないけれど、いよいよ侵略は僕達の目前まで迫っていた。即ち報道では、謎の異星人による地球侵略が取り上げられていた。
三日目の戦いに、僕達は敗北した。こうしてニュースを見ている僕がいるということは、敗北=即死ではないのだろう。しかし二日目の戦いの後は修復していた街の被害が、今回の戦いでは傷跡が生々しく残されており、テレビでは僕達が連日戦闘を繰り返していた異星人達の姿がはっきりと映し出されている。異星人による侵略、壊される街、死んでいった人達……僕達は昨日『負けた』のだと、侵略を許してしまったのだと現実を突き付けられる。戦いはどうなるんだろうか。僕は今生きているけれど、今夜も四日目の戦いに招集されるのだろうか。負けたのだから、このまま異星人に侵略されてしまうのだろうか。
学校に行く気分にはなれず、僕は事件を理由に自主休講した。頭の中では例の戦いのことが堂々巡りし、いつの間にか深い眠りへと誘われていく。そして次に僕が目を覚ました時--またあの部屋に呼び出されていた。
おかしい、と目が覚めてすぐに勘繰る。いつの間にか寝てしまっていたとはいえ、流石に昼寝から戦いが始まる深夜まで眠りこけていたとは考えにくい。体感的にもそんなに時間は経っていないはずだ。例の部屋には窓がないため外の景色から察することは出来ないが、こんな早い時間に呼び出されたことは一度もない。僕の視界の先には、他にいつものメンバー達も顔を並べていた。紫花さんに橙山君、黄崎さん、緑川君……のみ。そこに青葉君と上赤坂君の姿はなかった。「あれ……」と思わず声を漏らすと、その声に反応したのは橙山君だった。「2人とも来てないンゴよ。多分……」橙山君は語尾を濁すように、口を噤んでしまう。三日目の戦いの敗北、昼間の招集、姿を見せない2人……。嫌な予感がした。ただでさえイレギュラーな戦いの日々で、毎日のように状況が変化していく。死んだはずの青葉君が生き返ったかと思えば、今度は上赤坂君と共に姿を消してしまった。昨日の敗北が原因だと、考えざるを得ない。
僕達は誰も言葉にはしなかったけれど、なんとなく青葉君と上赤坂君が既にこの世にはいないのだと察していた。復活するには何か条件がある。事象から分析するなら、多分戦いに勝てば生き返れるが負ければ復活出来ないということなんだろう。皆の表情が暗く沈み、とりわけ緑川君に至っては憔悴しきっている、そんな風に見えた。沈黙が続く部屋の中で、やがて橙山君が口を開いた。
「みんなの目にどう映ってたかは分からないけど、上赤坂君って昔はあんな不良じゃなかったんだよね」ポツリと呟く橙山君。そういえば初対面の時、上赤坂君と橙山君は顔馴染みだと言っていた気がする。2人は昔は仲が良くて、よく一緒に遊んでいたらしい。今じゃ見る影も無いけど上赤坂君は大人しくて引っ込み思案な男の子だったらしく、橙山君と2人揃ってクラスのやんちゃ坊主達から軽い虐めのようなことをされていたようだ。でも上赤坂君の家族はどちらかと言うと今の上赤坂君に近い気質だったようで、上赤坂君自身も大人になるにつれて両親のヤンキー気質に染まっていくようになり、高校に進学する頃には人が変わってしまったという。学校にも来なくなり、気が付けば暴走族の一員に加わっていたようだ。2人が元は仲良しだったなんて、今の2人を見ていると想像も出来なかったが、橙山君の語る上赤坂君の過去の人物像には、僕も少し思い当たる節があった。意外と仲間想いなタイプなのかなとも思ったし、特に青葉君が自らを犠牲に敵の群れへ特攻を仕掛けた時、身の危険を顧みず駆け出したのも上赤坂君だった。根は悪い奴じゃない、というのはきっと、本当なんだろう。だからだろうか、橙山君はこの場に姿を見せない上赤坂君のことを、ひどく心配しているように見えた。いつもはおしゃべりな橙山君が神妙な表情で腰掛けている。僕達も何も言葉を返せず、再び沈黙が続く中、電子音のカウントが始まった。
「四日目の戦い……やたら早い時間から始まるんだね」そう口を開く黄崎さんに、僕は憶測だけど「多分違う」と答えた。今から始まる戦いは四日目の戦いではない、と考えていた。そう、言うなればこれは……僕の言葉を代弁するように、口を開いたのは緑川君だった。「三日目の、延長戦……」
戦いが始まる。いつもの闇夜に包まれた街ではない。晴れ渡る青空の下、僕達5人と、無数の異星人達が姿を現す。三日間の戦いで見慣れたはずの光景が、昼間というだけでやけにリアルに感じられた。まだ街には大勢の人々がいて、突然姿を現した巨大なロボやエイリアンに、驚き戸惑い逃げ惑う。呑気にスマートフォンで撮影している人まで、モニター越しでもはっきりと見えた。僕の脳裏に、死んでいった仲間の顔が過る。地上の人々は、僕達が三日に渡って続けてきた戦いを知らない。命懸けで戦い、そしてまだそんな戦いが四日も続くことも、トリガーを握るこの手が震えていることも、今日死ぬかもしれないことも。「……呑気、だよね」呟いた紫花さんも、きっと同じ人を見ていたんだろう。「関係ない。誰が死んだって、誰が戦ったって、俺達のやることは……」答えたのは緑川君だった。そうだ、僕達のやることは変わらない。例え真昼の招集でも、まだ大勢の人々が街に残っていても、報道陣が駆け付けても、僕達はただ戦うだけだ。
始まった三日目の延長戦は、想像通り苦戦を強いられた。何故なら敵の数は変わらないのに、こちらは青葉君と上赤坂君を失っているからだ。今まで7人で地球を守ってきたのに、これからは5人で戦わなければならない。僕達は武器を手に取り、果敢に立ち向かう。誘導ミサイル、ブレード、スラスター、シールド。それらを駆使して立ち向かうが、このままだとまた敗北する。延長戦も勝てなかったら、いよいよ地球は滅びてしまうのだろうか。
ふと意識が逸れてしまい、一瞬の油断を見逃さなかった敵が懐へ飛び込んでくる。しまった、と我に返った時には既に、機体がぐらりと揺れて僕は攻撃を受けた。その場に倒れ込んだ僕に追撃を仕掛けようと、敵が迫る。「日向くん!」紫花さんが叫ぶ声が聞こえる。その瞬間、紫花さんの搭乗する機体の腕部が変形し、隠された新たな装備が姿を現した。
それは銃口のようで、深く考える時間もなかった紫花さんは、YGを信じてその銃口を僕に覆い被さる異星人へと向ける。紫花さんがトリガーを握り締めると、ダダダッ、と一斉に銃弾が放たれた。「ほう、まだそんな装備が機体に隠されてたのか……」顎を指でなぞりながら、一連の流れを見ていた橙山君が呟く。無数の銃弾を撃ち込まれた異星人は雄叫びを上げて倒れ込み、僕はそれを押し退けて体勢を整えた。
「ありがとう、紫花さん……助かった」礼を言う僕に、紫花さんは自分でも何をしたか分かっていないというように呆然とした様子で立ち尽くしていた。僕達も紫花さんを真似て、銃口を開放する。緑川君の機体が青空へと飛び上がり、誘導ミサイルを放ちながらマシンガンで敵を仕留めていく。黄崎さんと橙山君は地上から、街へ迫る異星人達を退けていく。まだ敵の数は多いけれど、僕達のやることは変わらない。異星人達を殲滅して、地球を守る。僕もブレードを構えて、立ち向かっていった。
どれほど時間が経過しただろう。一心不乱に迎撃戦を続けていた僕は、カウントダウンを見る余裕も無く、ふと我に返ってそれに気が付いた。いつの間にか残り時間は10分を切っており、そして5人の尽力のおかげで敵の数もかなり減らせている気がする。まだ油断は出来ないけれど、絶望的な状況というわけでは……周囲の様子を伺っていた時、僕は違和感に気が付いた。確かに敵の数は減っている。だけど全然優勢とは思えなかった。何故なら僕達が戦っているこの街から少し離れたところに、無数の影が蠢いているのが目に入ってしまったから。
「あれは……」僕が呟くと、戦っていた他の4人も動きを止める。違和感の正体に気が付いたのだろう。あれはきっと、敵の『増援』だ。
「嘘、まだあんなに……」黄崎さんが声を漏らす。しかし絶望している時間はない。残り10分もない時間で、すべて倒さなければ……それを分かっているからか、僕と橙山君、そして緑川君は既に駆け出していた。増援部隊に向けて一斉にミサイルを掃射し、散らばった敵達をマシンガンとブレードで蹴散らしていく。残り7分。ぐらりと機体が傾いた。背後から迫る異星人による攻撃を受けたからだ。シールドを展開し、体勢を立て直す。顔を上げた僕は、別の機体を敵のレーザーが撃ち抜く光景を目撃していた。
「橙山君ッ!」
橙山君の搭乗する機体が射抜かれた。レーザーはエントリーコアを微かに逸れたが、代償として右肩を撃ち抜かれ、ブレードを握り締めた腕ごと肩が千切れ落ちる。YGが受けたダメージは、搭乗者へダイレクトに伝わる。上赤坂君の時がそうだった。今橙山君が受けた痛みがどれほどのものか、想像すらしたくない。
橙山君は声を上げることなく、その場に膝をついた。ここぞとばかりに敵が迫り、橙山君の命を狙う。僕と緑川君はすかさずスラスターを起動して橙山君の元へ駆け付け、取り囲む敵を薙ぎ払った。「橙山君ッ!大丈夫?!」僕が声をかけると、モニター越しの橙山君は痛みに意識が朦朧としながら、声を振り絞って答えた。「桃井殿……ワイ君もうダメっぽいンゴ……」痛みを遮断するように全身からアドレナリンが湧き出ているのだろう。橙山君は右腕を失いながら、しかし穏やかな表情を浮かべている気がした。「諦めるなよ……戦いに勝てば生き返れる。絶対勝つから……死ぬな……」僕が必死に説得するも、橙山君は何かを察したように静かに瞼を閉じる。「桃井殿……最期に1つ、伝えたいことが……」
最期。最期ってなんだよ。橙山君は何を伝えようとしているんだろう。僕は彼の言葉に耳を傾ける。
同じ頃、危機が迫っていたのは橙山君だけではなかった。少し離れたところから爆発音が響き、街から火が吹き上がる。爆炎の中から、全身の装甲が剥がれ落ちながら必死に逃げ出そうと一機のYGが飛び出してくる。「無理無理無理無理……死にたくないよ……ッ!」黄崎さんの声だった。すぐに緑川君が駆け出すが、炎に包まれ、ボロボロの機体を見ればもうひと目でわかる。黄崎さんも、もう……。
紫花さんは?僕は橙山君の機体を静かに降ろし、紫花さんの行方を探す。よかった、まだ無事だ。残り時間5分、残っているのは僕と紫花さんと緑川君、敵の数は……。
僕はブレードを投げ捨て、立ち上がる。絶対に負けられない。必ず殲滅して、橙山君と黄崎さんを助ける。
「紫花さん、緑川君……逃げて」僕の声に、2人が振り返る。橙山君が最期に遺してくれた、6つ目のYGの武器。残り5分で敵を殲滅できるか分からないけれど、橙山君が繋いでくれた想いを、YGの力を、使うなら今しかない。
機体の各部が発光し、違和感に気が付いた異星人達の意識が僕へと向けられる。紫花さんと緑川君も、僕が何をしようとしているかは分からないと思うけれど、とにかくこの場を離れないとまずい、と考えたのだろう。「飛ぶぞッ」緑川君の声に紫花さんも反応し、2人は上空へと避難する。僕が何か行動を起こす前に潰そうという算段だろうか、異星人達は一斉に僕へと迫る。構わず僕はその場に残り、そして発光する機体に祈りを込めた。
ハッと目が覚め、まだ心臓の鼓動が早まっているのを感じる。僕は見慣れた天井を見上げていた。戦いが終わり、自室へ戻されたのだろう。辺りはすっかり暗くなっており、しかし僕はまだ何が起こったか分からなかったが、勝利を確信した。タイムリミットまで残り5分で、敵を殲滅し、僕は生き残った。勝ったんだ。三日目の延長戦のことを思い出す。橙山君から託された6つ目の武器を使って、僕は異星人達を退けた。発光する機体の全身から放射線状にレーザーが放たれ、僕を囲む異星人達を焼き尽くした。レーザーは敵の体を貫き、その後ろにいる敵や、そのまた後ろまで果てなく伸びていく。遮蔽物などものともしないといった具合に、YGの全身から放たれるレーザーは瞬く間に敵を塵へと変えたのだ。
かくして僕達は、三日目の延長戦に勝利した。ゆっくり体を起こし、時計の針に目をやる。ついさっき戦いが終わったばかりな気がしていたけれど、間もなく四日目の戦い--本来の今日の戦いが始まろうとしていた。昼間の戦いはあくまで昨日の延長戦だ。これからが本番……体は疲れているし、僕の腕の中で消えていった橙山君や焼け落ちる黄崎さんの姿が脳裏から離れない。でも大丈夫だ、僕達は戦いに勝った。青葉君の時のように、四日目の戦いには2人も戻ってきているだろう。時計の針が22時45分を告げ、予定通り僕達は例の部屋へと招集された。用意された7つの椅子に、今は3人しか残っていない。待てよ、3人?
どれだけ探しても、例の部屋に集められたのは僕と紫花さん、緑川君の3人だけだった。なんで、どういうことだよ。延長戦に勝ったんだ。死んだはずの橙山君と黄崎さんも生き返るはず……。
僕がパニックに陥る中、紫花さんが呟いた。「街の被害……どんどん大きくなってる。延長戦で受けた被害も、無かったことにはなってないみたい……」彼女の言葉に、僕は気が付いてしまった。僕の脳裏に、消えていった仲間達の姿が過る。青葉君、上赤坂君、橙山君、黄崎さん……。
「……そうか、そういうことか」呟いた僕の頭の中で、これまでの違和感がすべて繋がっていく。僕達の戦いは……。
YG -DRAMA- 三日目
朝が訪れる。目覚めた僕は何も変わらない日常を眺め、しかし心の底では昨晩の出来事が頭から離れなかった。何も変わらない日常、誰も知らない戦い。でも確かに昨日、1人の人生が終焉を迎えた。青葉君の死。それは僕達に現実を突きつけるには十分すぎる悲劇だった。次は自分の番かもしれない。あの時たまたま、敵の攻撃が青葉君に直撃した。昨日僕が死んでいてもおかしくなかった。命を懸けた戦いに身を投じている意味を叩きつけられた僕は不安に駆られ、それでも平和な日常は過ぎていく。青葉君の犠牲の末、僕達は勝利を勝ち取った。やはり一昨日同様に世界は何も変わらず、都心部のど真ん中で異星人との戦いを繰り広げたというのにテレビやネットニュースには一切報じられていない。やっぱり夢なんじゃ?と目覚めた時には考えたが、目の前で消えていった青葉君の姿を思い出すと、とても夢とは思えない。むしろ、夢であってくれた方が有り難いくらいだけど。
無情にも時間だけは変わらず過ぎていき、僕達は三度あの部屋へと呼び出された。夜になって、ずっと時計の針を眺めながら考え事をしていた僕は時刻をしっかりと目に焼き付ける。招集されたのは22時45分。逆算していけばそこから15分後に戦闘が開始されるので、僕達は毎晩23時から日付が変わる0時までの1時間を、異星人との戦いに費やしている計算になる。
例の部屋で目覚めた僕は、まずその光景に目を疑った。用意された椅子の数は7つ、そこに僕達は座っている。そして招集されたのもまた、7人だった。
「青葉……君……?」誰もが己の目を疑っている。青葉君自身も何が起こっているのか分からないようで、しかし変わらない冷静な口調で告げた。
「俺は……自分でも分かる……確かに昨日、死んだはずだ。目の前が真っ白になって、一瞬だが全身が焼けるように痛んで……それから……」
思い違いのはずはない。本来僕達が乗っているはずのエントリーコアが位置する部分が、敵のレーザーに射抜かれぽっかりと空洞になっていたんだ。あの状態で助かるはずがない。一体何が起こってる?誰かがそう口を開いた気がした。もしかしたら僕かもしれない。
「死んだはずの人間が生きている……分からないことだらけの戦いだけど、いよいよきな臭くなってきましたなあ」橙山君が喉を唸らせ、首を捻る。それに対し、死んだはずだが何故か生きている、青葉君が答えた。「思ったんだが……これはゲームなのかもしれない。ずっと考えてたんだが、どうやってもこれが現実の出来事とは思えないんだ」確かめようがないけれど、僕もそう考えていた。YGと異星人との戦いや地球を守る迎撃戦は本当は存在しなくて、僕達は仮想現実のような空間に意識だけ飛ばされ、戦闘シミュレーションのようなゲームをさせられているのではないか、と。だから青葉君は実際には死んでいない。ゲームだと考えれば残機が1つ減ったような感じで、コンティニューして今日もこの部屋に呼び出されたんじゃないか。
「みんなも気付いたと思うけど、あんな街中で戦ったのに誰も気付いてなかった。街に被害も出てないし、青葉君も生きてる。確かにゲームって考える方が自然な気がする」口を開いたのは黄崎さんだ。僕達も同意見だった。むしろそうじゃないと、説明が付かない。
「まあ当事者に聞くのが1番確実なんじゃないかね。青葉氏の見解を聞かせてもらいましょか」橙山君が言い、皆の視線が青葉君に集中する。
「さっきも言った通り、俺もそうだと思う。有り得ない出来事が続いて本質を見失いかけていたが、そもそも巨大ロボットに乗って異星人に立ち向かうなんてこと自体、おかしなことなんだ」けどよ、と横から口を挟んだのは上赤坂君だ。「昨日敵に刺された時めちゃくちゃ痛かったぜ。あれもゲームだっつーのか?」「仕組みは分からないが意識がゲーム内にあるということは、あらゆる五感もリンクしているんだろう。だからゲーム内で感じた痛みを、現実の痛みのように感じたんだ。リアルな痛みだが、これは現実じゃない」青葉君はきっぱりと言い切り、上赤坂君はよく理解こそ出来ていなさそうだがそれ以上何も言わなかった。
「ゲームなら、実際に死ぬわけじゃない。現実の街に被害が出るわけでもないからミサイルを躊躇する必要も無い。負けたらどうなるのか分からないが、要は負けなければいい」幸い敵も強くはないし、街の被害を気にしなくていいなら昨日よりもっと戦いやすくなる。負けなければいい、というのは確かにその通りだった。全力で敵を殲滅しにかかれば、YGの方が強いのだから。
「……」この戦いはゲームだと断定する青葉君や黄崎さん達の横で、紫花さんはどうにも納得していないような、思い詰めた表情で虚空を見つめている。緑川君もずっと口を開かない。僕はどちらかというと青葉君達の意見に賛成だったが、どうにも腑に落ちない"何か"が胸中にあるのも確かだった。
カウントダウンが始まり、3度目の戦いが近付いていることを示す。昨日までと違い、みんなの表情が前向きに見えた。ゲームだと思えば確かに気楽だ。負けても死ぬわけじゃないことは目の前の青葉君が証明している。街に影響がないことも、昨日の戦いで分かった。ならば遠慮なく応戦するだけだ。
3日目の戦いが幕を開けた。今日もまた、僕達は東京都内に召喚される。時刻は23時、眠らない街はまだ行き交う人々で賑わっている。突然姿を現した7機の巨大ロボットと無数の異星人達に、人々は慌てふためき逃げ惑う。だがこれはNPCのようなものだ。僕達の戦闘を盛り上げるための舞台装置のようなものでしかない。僕達は武器を構え、一斉に駆け出した。
出来るだけ考えないようにする。これはゲームだ。戦うことを恐れるな。負けてもまたやり直せばいい。今思えば、考えないようにしたんじゃなくて、ゲームだと思い込みたかったんだろうな。
「待って……敵、多くない……?」僕達が上赤坂君のように猪突猛進に敵陣へと突っ込もうとする中、冷静に状況を見つめていたのは紫花さんだった。いや、後出しじゃんけんのようだけれど実は僕も気が付いていた。でも見ない振りをしていたんだ。無双ゲームだと思うようにしていた。だけど紫花さんの発言で、現実に引き戻される。危ない危ない、アドレナリンが脳内を支配して、闇雲に暴れようとしていた。
昨日よりも明らかに敵の数が増えている。昨日は東京タワーを囲うように敵が陣形を組んでいたけれど、今日は違う。既に侵攻が進んでいるように、一部の敵は街へ攻撃を開始している。見渡す限り一面に異星人達の姿があり、いくらYGが強いと言ってもこれじゃ多勢に無勢というやつだ。冷静さを取り戻した僕は、あまりの数の暴力に絶望感を抱いた。
「構うな、恐れるな、敵が何体いようとやることは変わらない。時間切れになる前に全部倒すんだ」そう言う青葉君の言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。ブレードを構え、目の前の敵を切り裂き、街の被害など鑑みずにミサイルを一斉掃射する。昨日までの僕達なら青葉君を止めようとしていただろう。でも今は、そんなことを言っていられる状況じゃない。そうでもしないと敵を倒し切れない。多くを助けるために1つを犠牲にする勇気……最早そんな次元ですらなくなっていた。何を守り何を得るか、取捨選択の余地すら与えられない。ひたすら目の前の敵を倒し続けないと……迷わないよう、出来るだけ考えないように僕もブレードを構えて攻撃を仕掛ける。いつの間にか残り時間は30分を切っていた。だが敵の数は、あまり減っているようには見えない。
上赤坂君と青葉君が先陣を切り、橙山君、緑川君、黄崎さんもそれに続く。今まであまり活躍を見せなかった紫花さんも、流石にこの状況では戦わざるを得なくなっており、必死にブレードを振り回している。僕はなるべく紫花さんから離れないように一定の距離を保ちながら、近くの敵を攻撃していた。時間は刻一刻と残酷に、僕達を終わりへと誘う。残り20分、15分……。
刻一刻とタイムリミットが迫る中、僕達7人は気が付けば円を描くように背中を合わせ、周囲を無数の異星人達に取り囲まれていた。いよいよ追い詰められ、万事休すと思われた時、橙山君が呟く。
「みんな、せーのでトリガー右下のボタンを押すでござるよ」何かこの状況を打破する秘密兵器でも見つけたのだろうか。押せば何が起こるか聞く猶予は与えられず、周囲を囲む異星人達の目が一斉に光りだした。まずい、この攻撃は……。昨日の出来事が脳裏を掠める。青葉君を一撃で葬り去ったレーザー。僕達を取り囲んだ異星人達が、全方位から一斉にレーザーを放とうとしている。僕は死を覚悟しながら、橙山君の合図に一抹の希望を託して時が来るのを待った。チャンスは一度きり、どうやって打開するつもりか分からないが、今はそれに縋るしかない。異星人の目の光が一層強くなり、同時に橙山君が叫んだ。「せーの!!」同時に僕達は、言われた通りトリガー右下のボタンを押す。すると突然、地面に押し付けられるような強烈な重力が体の自由を奪い、YGの操縦すらままならなくなった。一体なんのスイッチなんだ、と僕は重力による負荷に耐えながらモニターを凝視する。いつの間にか地面が遥か下方にあり、そこで僕は気が付いた。YGの背面にあるスラスターが起動し、寸前でレーザーを躱して真っ暗な大空へと飛び上がっている。YGが……空を飛んでいる……!
放たれたレーザーは空を切り、真っ直ぐ正面を目指し……僕達を囲うように立ち塞がっていた異星人達は、互いが放ったレーザーによって丸焦げになる。中心に向かって放たれたレーザーはそのまま放射線上に伸びて、橙山君の機転によって同士討ちへ仕向けることができた。「すご!橙山君天才!」黄崎さんが声を上げると、橙山君はまだ満足していないといった風に口元をニヤリと歪ませて言う。「油断大敵……追撃がくるよー……」僕達は再び橙山君の合図を待つ。彼の予想通り、残った異星人達は上空へ逃げた僕達を目で追う。その目はやはり赤く輝いており、レーザーの第2射を示唆していた。
今度はレーザーが、上空にいる僕達へと放たれる。橙山君の指示通り僕達はその場から離れず、今度は先程と異なるスイッチに指を伸ばす。「避けるだけじゃない……敵の攻撃を、逆転の一手に変えるッ!」橙山君の合図と同時に、レーザーの進行を阻むように六角形が無数に連なった半透明の壁が展開される。ゲームなんかでよく見られる、バリアーみたいだ。反射板となった半透明の壁にレーザーが触れた途端、まるで鏡のようにレーザーが反射される。主の元へ戻るように、真っ直ぐと。YGから展開された六角形の壁は球体のように伸びて、互いに結合しあい、僕達を覆うように完全なリフレクターを形成する。どの角度から放たれたレーザーもすべて反射して、跳ね返った光が次々と異星人達を焼き尽くしていった。
「僕が昨日解析した武器はブレードだけじゃないってこと。奥の手は取っておくものだからね」
YGに搭載された新たな装備、飛行能力と反射板。橙山君の機転によって、敵の数を大幅に減らすことができた。残り時間10分。絶望的な状況は打破できたけれど、まだ勝ったわけではない。あと10分で敵を全滅させられなければ僕達は……。
「あと10分しかない……俺はやる」時間は刻一刻と迫り、モニター越しのみんなの表情から焦りが感じられる。そんな中、何かを決意したように青葉君が口を開いた。「昨日の経験から……死んでも生き返られるなら、無理矢理でも敵を減らさないと全滅だ」多分だけど、僕達の敗北の条件というのは7人全員が死亡することなんだろう。でなければ青葉君が生き返ったことの説明がつかない。全滅さえしなければ負けた扱いにはならない……んだろうか?異星人との戦いも、YGの操縦もすべて手探り状態の今、敗北条件も明確じゃないんだからそう考えるしかない。起こった事象から推察して……でも青葉君は一体何を?
地上へ降り立った青葉君は、ミサイルで牽制しながら敵陣へと突っ込んでいく。「青葉殿……もしかして」まさかとは思ったけど、そのまさかのようだ。「チッ、テメェ1人でそいつら全滅させられると思ってんのかよッ!」見かねた上赤坂君も駆け出す。もう分かるだろう。青葉君はその身を犠牲にしてでも敵を倒すために駆け出した。特攻だ。
無数のレーザーが青葉君の体を掠め、異星人達の鋭い腕が機体の装甲を剥がしていく。モニター越しに映る青葉君は顔を歪めながら、それでも前へ進んでいく。「昨日話した……多くを助けるために1つを犠牲にする勇気--」背面スラスターを起動し、加速した青葉君は握りしめたブレードで敵を切り裂いていく。「俺自身もそうだ--」
「世界を守るための、1つの犠牲--」
異星人達の動きが一瞬止まり、やがて青葉君を追いかけてきた上赤坂君へと向けられる。敵の攻撃対象が移った……つまりそういうことなんだろう。青葉君は、もう……。
上赤坂君がブレードをバットのように振り回しながら立ち向かっていく様子を、僕はトリガーを握り締めたまま呆然と眺めていた。ミサイルを放ち、敵の攻撃を反射板で防ぎ、でも心は何処か別の場所に向いていたんだと思う。青葉君が2度目の死を迎え、上赤坂君も同じ道を歩もうとしている。人が死に、また別の人が死のうと敵陣へ特攻していく様子を、どうしてこんなに冷静に見ていられるんだろうか。他のみんなは、どう思っているんだろう。明日になればまた青葉君は復活して、4日目の戦いを迎えるのだろうか。これはゲームなのか、現実なのか……。
「青葉……テメェ」上赤坂君の声が聞こえる。
「1人でカッコつけてんじゃねえぞ……ッ!」遠くから伸びたレーザーが上赤坂君の腹部を貫き、機体が大きく傾く。
「死んだら……終わりだろうがッ!」それでも上赤坂君は立ち直り、ブレードを振り上げた。口も素行も悪い上赤坂君だけど、彼なりに共に戦う仲間に情はあったんだろうか。ああいう不良気質の人って、身内には優しいってよく言うし……。
目の前の敵をブレードで滅多打ちにし、右手を撃ち抜かれたら左手で殴り付け、頭突きを見舞う。満身創痍になりながらも上赤坂君は、最前線から決して逃げなかった。
「テメェら……アイツの想い、無駄にすんなよ」振り返った上赤坂君が、僕達へと言った。辞世の句、なんだろうか。その言葉を遺して、上赤坂君が映っていたモニターが砂嵐に包まれる。残り時間は、あと2分となっていた。
「これ……本当にゲーム、なのかな」
口を開いたのは紫花さんだった。その答えを知る者はここにはおらず、僕達は立ち尽くす。青葉君と上赤坂君がその身を犠牲にしてまで切り開いた突破口は、すぐ別の異星人達によって塞がれてしまう。たった2分で残る敵を殲滅させるなんて、出来るわけがない。1秒、また1秒と時間は迫り、やがてカウントダウンが……止まる。
3日目の戦い--初めて僕達は、敗北した。
YG -DRAMA- 二日目
またあの部屋だ。
1日目の戦いを乗り切った僕達は一時的に解放され、普段と変わらない日常を過ごしたが、また夜になると突然意識を失い、目が覚めると例の部屋に招集されていた。
「確かめてみたんだが……何も変わっていなかった」
青葉君が口を開く。誰もが気付いていただろう。異星人との戦いという非日常に巻き込まれた僕達は、翌朝目覚めるといの一番にニュースを確認した。しかし異星人の襲来などというSF映画の1シーンのような事件は一切取り上げられておらず、YGの姿も目撃されていない。世間は何も変わらない夜を過ごしており、あの海岸での出来事を知っているのは僕達7人だけだった。僕達は違和感を覚えながらも普通に学校に通い、疑問を抱きながら日常を過ごし、そして再び招集された。間もなく2日目の戦いが始まる。
「またいきなり敵の目の前に放り出される前に、今度は作戦を練っておきたい。昨日の戦いで分かったことは2つ。YGは念じれば動くということと、誘導ミサイルを装備していること」青葉君が確認する。「動かすの自体はそんなに難しくなかったね。ちょっと怖いけど、敵も弱かったし」そう言ったのは黄崎さんだ。「ああ、極論あのミサイルを撃ち続けるだけでも戦いには勝てると思う。だがそれだけで済むならそもそも人型のロボに搭乗する意味が無い。きっと何か、他にも装備があるんだろう」青葉君の考察に、僕は成程と感心した。確かにミサイルだけで勝てるならYGに乗る必要は無い。迎撃ミサイルを用意して、異星人が攻めてきたらボタンを押すだけでいい。じゃあ一体、YGに乗せられている意味はなんなんだろう。いや、意味なんて言い出したら、理由の分からない不条理が多すぎるけど。
「とにかく全員で固まって動く方がいいだろう。今日含めあと6回戦わなければならないから、ミサイルで敵を迎撃するチームと、その後ろでYGの装備を解析するチームはどうか」青葉君の提案に、反対意見を述べる者はいない。ただ、上赤坂君や緑川君はちゃんと聞いているのかも分からないけれど。
「橙山と紫花、2人は解析班に回ってもらえるか。YGについて、少なくとも俺達より詳しい」
「う、うん……」「お易い御用でやんす」2人の返答の後、それから、と青葉君は言葉を続ける。「俺もYGについて詳しく知りたい。残りの4人に戦闘を任せて平気か?」平気かと聞かれると自信はないけれど、かといって僕にYGを解析出来るほどの知識はないし青葉君みたいに頭の回転も早くない。昨日の手応えから、ミサイルを撃ち続けるだけなら僕にも出来そうだった。
「どうでもいいっつーの。敵倒さなきゃ終わんねえんだろ」上赤坂君が口を開く。だが青葉君は臆することなく、「お前は今のうちにミサイルの使い方を覚えておけ」と冷たく言葉を返した。
さて、作戦と言っていいのか分からないけど大雑把な役割分担を終えたところで、例のカウントが始まった。ピッ、ピッ、と鳴り始めるアラームが、再び異星人との戦いが始まる合図だ。昨日の肌感から、大体戦闘開始15分前くらいにこの部屋に招集され、1分前になるとアラームが鳴り始める。そして鐘の音と同時に扉が解錠され、地球の存亡を賭けた命懸けの防衛戦の幕開けだ。全員の表情に緊張の色が見える。戦闘時間は1時間。それを生き残れば、僕達の勝ちだ。
ゴーン。さあ、2日目の戦いが始まる。
「ここは……」昨日と同じく、部屋を出た僕達の意識は奪われ、目覚めるとYGのエントリーコア内に転送されていた。敵の位置を把握しようと周囲を見渡した僕の目に飛び込んできたのは、紛れもなくあれは東京タワーだ。昨日は海岸付近だったから良かったけど、こんな都心部でミサイルを発射なんて出来るわけがない。
そして僕達を囲うように、異星人達がジリジリと詰め寄ってきていた。悩んでいる暇はないようだ。とりあえず僕達は作戦通り、青葉君、橙山君、紫花さんを中心に陣形を作り、残る上赤坂君、緑川君、黄崎さん、そして僕がそれぞれ東西南北の方角へ陣取る。
「ミサイルは使えない。どうやって戦う?」焦りで声が上擦る。それに、僕の問いに対する答えを持っている人なんかいないだろう。否、1人いた。街に被害が出るかもしれないから使えないのではなく、使い方が分からないから『使えない』人が。
「んなモン関係ねぇ、使えねえなら使わねえだけだろうが!」声を荒らげながら上赤坂君が、拳を握り締めて敵陣へと突っ込んで行った。相変わらずの脳筋スタイルだ。でも今は、それが1番得策に思えた。迷っていても敵は近付いてきている。青葉君達が市街地でも安全に使える装備を解析するまで、生身一つで戦うほかないだろう。巨大ロボットに乗りながら生身一つって表現も可笑しいけれど。
僕達はなるべく青葉君達から離れないよう、陣形を守りながら戦った。こちらから積極的に攻撃を仕掛けるのではなく、向かってくる敵を迎撃する形となった。上赤坂君だけはどんどん前へ出てしまうので、結局僕と緑川君と黄崎さんで青葉君達を守る形になってしまったけれど。そしていつの間にか、緑川君が橙山君を、黄崎さんが青葉君を、そして僕は紫花さんを守りながら迎撃するという陣形に変化していた。
「不味いな……このままじゃ時間切れで負けるかもしれない」残り時間を気にしながら青葉君が呟き、僕もモニター右下のカウントに目を向ける。時間はまだ40分ほど残ってはいるが、迎撃という形を取っている以上、敵の数はあまり減っていない。今のままの戦い方では、時間内に敵を殲滅しきれないと判断したんだろう。どうするのか、と僕は紫花さんの様子を気にかけながら青葉君へと視線を向けると、青葉君は何かを決意したかのように鋭い眼光を浮かべ、生唾を飲んで告げた。
「……ミサイルで、一気に殲滅する」
「は?」と思わず声が漏れた。どうやら僕だけではなかったらしい。「こんな街中で使ったらどうなるか分かってるのか!」珍しく声を荒らげたのは緑川君だ。僕も同じ懸念を抱いたが、それは青葉君も分かった上での発言だったのだろう。青葉君はあくまで冷静な口調で答えた。「分かってる……でもこのまま戦い続けても時間切れで敗北の可能性が高い。敵を一気に殲滅するにはそれしか方法が……」「いやいや青葉殿いくらなんでもそれは無茶すぎますな。青葉殿はいざという時意外と頭回らなくなるタイプですか」橙山君が茶化すように言うが、青葉君はあくまで冷静さを欠いたわけではなさそうだ。「これは倫理的な問題として意見が分かれるだろうが、街を守るために地球滅亡のリスクを背負うか、地球を守るために多少の犠牲に目を瞑るか……俺なら1人でも多くの人間を助けられる手段を選ぶ、というだけだ」犠牲が出ることは分かっている、非難されることも覚悟の上での発言だ。よく言えば英雄的発想だが、裏を返せば人間らしくない……何処か箍の外れた考えだ。
僕は青葉君の意見に賛同するでもなく、かといって緑川君や橙山君のように彼を非難するでもなく、周囲の状況を見回してみる。異星人達はまだ多数残っており、じわじわと距離を詰めてきている。戦闘終了まで残り35分……これ以上迷っている時間は無い。ミサイルを使って一気に殲滅するか、このまま防衛戦を続けるか。
……と、その時僕は気が付いた。上赤坂君、どこへ行った?
陣形を崩して勇猛果敢に……ではなく猪突猛進に敵の群れへと突っ込んで行った上赤坂君。僕達は迫る敵の対処に追われて、彼のことを完全に放置していた。まさか敵に気を取られているうちに、上赤坂君は……。
僕の背後に迫る敵がいきなりなぎ倒され、背後からヌッと現れたのは上赤坂君の乗るYGだった。良かった、と僕は胸を撫で下ろす。一瞬でも彼が死んでしまったのではないかと考えた自分を律する。
「上赤坂君、手に持ってるそれは……」黄崎さんが尋ね、皆の注目が上赤坂君の右手に集まる。彼はどこから入手したのか、日本刀に酷似したブレードを、どういう訳か峰打ちとなる向きで握り締めていた。「てめえらがチンタラしてる間に見つけたぜ、やっぱバットが1番しっくりくるな」「上赤坂君、多分それバットじゃないよ……」
上赤坂君が見つけたブレード。彼はバットだと言い張っているけれど、YGに乗ったまま野球でもするつもりなんだろうか。否、今はそんなことはどうでもいい。闇雲にバット(?)を振り回す上赤坂君を尻目に、というかほぼ同時に声を上げたのは橙山君だった。
「フッフ、丁度天才ハッカーのオイラも見つけたでやんすよ。YGの新たな装備をね」言うと橙山君はYGの姿勢を低くし、居合の構えのような体勢で敵の迎撃を試みる。そしてショルダーアーマーが展開されると、中から刀の柄の部分のみ切り取ったような特殊な形状の武器を取り出す。なるほどそれは、上赤坂君が振り回すバット(?)とよく似た形をしていた。
敵が迫る直前、柄から刀身部分が勢いよく飛び出して、ブレードを形取る。そして橙山君は、本人の体型からは想像も出来ないほど滑らかに、迫る敵を一刀両断してみせた。それは見る者を圧倒する、鮮やかな剣捌き。見様見真似で再現出来る動きではなかった。
「数々のアニメを視聴しバトルシーンを分析してきた僕だからできる芸当……人呼んでコピー忍者の実篤でござい」見様見真似だった。
上赤坂君と橙山君が発見した新たな装備は、これまでの戦況を大きく覆すというわけではないけれど、確実に僕達は有利になっていた。迎撃用のホーミングミサイルが街中で使えない以上、丸腰で立ち向かうしかないと思われたが、ミサイルのように街を破壊する恐れもなく安全に使える接近戦用の装備の発見。僕達はすぐさま2人の真似をしてブレードを装備し、再び異星人達と対峙した。武器を握る手に力を込めると、不思議と勇気が湧いてくる。刀なんて使ったことないけれど、闇雲にミサイルを撃つよりは戦える気がする。
敵を倒すのに、腕力は必要なかった。切先を向けて腕を振り抜くだけで、異星人達をバターのように切り伏せることが出来る。女の子の黄崎さんも、これなら容易に扱える、と積極的に戦闘に参加している。紫花さんは……彼女なりに頑張っているようだ。戦闘終了まで残り20分ほど。新たな武器を手にした僕達は次々と敵を打ち倒し、この調子なら時間内にすべて殲滅出来るだろう。
「……焦りが、俺の判断力を乱していたようだ。悪かった」順調に敵の数が減っているのを見て、青葉君が呟いた。誰も彼を咎めるつもりは無かった。正直、焦っていたのは皆同じだったから。「けっ。どうでもいいから口より手動かせや。さっさと全部ぶっ潰して……」上赤坂君が軽口を叩き、相変わらず峰打ち状態のブレードを頭上でぐるりと振り回す。口振りや所作の一つ一つが乱暴で横柄だけど、きっと青葉君が自己嫌悪に陥らないよう配慮してくれたんだと思う。意外と優しい奴かもしれない。そして上赤坂君が次の獲物へ向かっていこうとしたその時……。
背後から迫る異星人が、YGのブレードのように鋭い腕で機体を貫く。背中から左肩を貫通し、一瞬遅れて上赤坂君の絶叫がモニター越しに響き渡った。
「上赤坂ッ!」誰かが叫び、駆け出す。青葉君の声だ。敵が腕を引き抜き、上赤坂君の乗る機体がその場に崩れる。青葉君は上赤坂君を飛び越えて敵を蹴り飛ばすと、倒れたところにブレードを突き立てた。
「上赤坂ッ!大丈夫か?!」青葉君は敵へと止めの一撃を見舞いながら、しかし気持ちは負傷した仲間へと向けられている。行動力や決断力、リーダーシップ、頭の回転の早さ、仲間想いなところ……やっぱりつくづく主人公タイプの男だ。
黄崎さんと緑川君が駆け寄り、安否を確認する。僕や紫花さんは突然の出来事に気圧され、動けないでいた。橙山君も別の敵と戦いながら、上赤坂君のことを気にかけているようだ。
対する上赤坂君は、辛うじて急所は避けていたようで、肩で息をしながらもまだ生きていた。鋭い眼光を浮かべながら、肩を貸そうとする2人の手を払い除ける。「チッ……舐めやがって……ッ!」不意打ちが相当頭に来たのか、上赤坂君はやはり外見通りの気性の荒さで怒りを爆発させている。
一方僕はというと、一連の戦いの様子を伺いながらひとつの仮説に行き着いていた。
「念じれば動くロボット……機体の損傷も、パイロットに反映されるのかも……」
昨日の戦いでは一方的にミサイルを撃ち込むだけだったから気が付かなかった。肩を貫かれたYGと、上赤坂君の痛がり様。上赤坂君自身が攻撃されたわけじゃないのに、まるで自分の身体のように苦しんでいる彼の姿を見て僕はそう考えた。
「成程、だから命懸けの戦い……」僕の声に反応したのは緑川君だった。きっと、この戦いは巨大ロボットを操縦して異星人達を迎撃する"だけ"なんて簡単なものじゃない。街や仲間を守りながら、自分の命を賭して戦わなければならない。僕の仮説が真実なら、と全員が息を飲む様子が感じられる。
「だとしても、戦うしかないんだろう」上赤坂君を襲った敵を絶命させ、振り返った青葉君も呟く。いつかきっと、先程の青葉君のように選択を迫られる時がくる。1つを犠牲にして、多くを助けるか。世界中を敵に回してでも、誰かを守るか。僕にはそんな決断が出来るのだろうか。
10分ほどの猶予を残し、僕達は残った敵を殲滅し終えた。街に一切の被害を出さなかったわけではないけれど、戦闘経験なんて全くない素人の集まりにしてはよく頑張った方だと思う。
上赤坂君は深手を負ったが、1人の犠牲も出さなかった。あと5日間生き残れば、きっと解放される。全員で生き残り、地球も守る。昨日と今日の戦いの所感から、それは不可能ではないように思えた。少しづつだけどYGの動かし方や装備も把握してきているし、敵は見た目の割に数が多いだけでそこまで強い訳でもない。疑問が残るとしたら、5日後に本当に戦いが終わるのか、ということくらいだが……。
安心しきっていたのも束の間、何かに気が付いた黄崎さんが声を上げた。
「昨日って、戦いが終わった後もカウント進んでたっけ?」その声に視線を落とし、モニター右下の残り秒数を見てみると、成程確かにまだカウントダウンが続いていた。昨日はどうだったっけ……そこまで注視してなかったなと考えると同時に、嫌な予感がした。もしかしてまだ取りこぼしが……。
一瞬、目映い光が視界を奪い、視力を奪われた僕達は狼狽えることしか出来なかった。光の正体が、まだ微かに息のあった異星人の生き残りが放ったレーザーのようなものだと僕達が気付く頃には、最悪の事態が訪れていた。もっと早く気が付いていれば。殲滅し終えたと油断していなければ、あるいは。
レーザーがエントリーコアを貫き、1機が崩れ落ちる。視力を取り戻した僕は、大急ぎでモニターを確認した。僕を除く5人の姿が映されており、最後の1つは砂嵐のようなノイズがかかっており確認出来ない。紫花さん、上赤坂君、橙山君、黄崎さん、緑川君……あれ、青葉君は……?
僕は崩れ落ちた機体へ振り返った。丁度エントリーコアが搭載されている機体のコア部分がレーザーにより貫かれ、ぽっかりと空洞が生まれていた。冷や汗が頬を伝い、トリガーを握る手が震える。戦闘終了まであと8分。カウントはまだ、進んでいた。
「青葉君……死ん……」